走りだした夢
せた。身体を反らせ過ぎて自転車のバランスが崩れて転んでしまった。
 「流ちゃん身体が硬いくせに無理なことしちゃ危ないわよ」
 いつから居たのか、スケッチブックを片手に、鈴木琴美が笑いをこらえながら言った。
 鈴木琴美、通称琴ちゃんは、絵を描くのが好きで将来イラストレーターか漫画家になりたいという夢がある。夢の練習台に僕ら3人がモデルとなり、琴ちゃんが上手になるように手伝っているのである。と、言っても描き手の注文を守ったことがない。
 自転車を起こして立ち上がって僕は笑った。
 それにしても、なぜこんなに楽しいのだろうか? いつも風太、隼人、琴ちゃんがいて、このままずっとずっと一緒に大きくなっていけれたら良いなと思った。もし、誰かが欠けることになったら、こんなに楽しいだろうか? こんなに笑えるだろうか? 僕はいなくなった世界を想像してみた。なんだかとても暗い世界が待っているような気になった。
 「よし、みんなで競争しようぜ」
 隼人が言った。
 3人はスタート地点に並んだ。
 スタートは琴ちゃんが切った。
 ギューンとスタートダッシュしたのは風太だった。マイペースで追っていく隼人。僕は必死になってペダルを漕いでいた。
 スタートの良い風太は持続力がない。平均スピードで行けば隼人の方が速い。結局は隼人が勝つ。僕は風太にも一度も勝ったことがなかった。
 今日はせめて風太には勝ちたい! と、無我夢中でペダルを漕いだ。足がガクガク震えているのが分かる。
 「いけーー」
 僕は雄たけびをあげた。風太は驚いて後ろを振り向いた。僕は追い上げる。風太は僕の気合に押されてペダルを漕ぐ回転が遅くなった。もう、ゴールは目の前だ。抜かせるか? 届くのか? 最後の力を振り絞ってハンドルを投げた。ハンドルを実際に投げつけたわけでなく、身体を少し後ろに引き、反動をつけて、その全身全霊の全ての力と絶対に勝つ! という念力を集める。集めたパワーを掌からハンドルへ流し込み自転車を推し進める
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