Soft Luck ―ファンタが街にやってきた―





「きょーぉでぇ、おわーかーれねぇ、もーぉあーえーなーいー」


遅い夕食の後、茶碗を洗いながら母が明るい声で歌った。


「何よそれ」


「菅原よーいちの永遠のヒット曲よ。知らないの?」


やんわりと母が言った。


「そうじゃなくて、どうして急にそんな歌うたうのよ!」


「だって、好きなんだもん」




「・・・・・お母さん、知ってるんでしょ?わたしと久志のこと」


「何が?」



「今日、フラれちゃったの」


「えーっ、信じられない!私ふたりは結婚するものだとばかり今の今まで思っていたわ」


大袈裟に叫んだ後


「でも後悔するのは彼のほうよ。こんないい女そう簡単に見つかんないんだから」


と納得したように頷くと、再び水道に向き直って続きを歌い出した。





わたしは何だか気が抜けて、失恋の痛手というものを味わいそこねた。


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