Soft Luck ―ファンタが街にやってきた―
当然のことながら平日の夜十時過ぎに、よくもまあこんなに人が乗っているものだ、ってくらい山手線は込んでいた。
車内はまるで酒樽のように匂った。
渋谷駅でどどーっと降りた。わたしもここから私鉄に乗り換えるため改札を出た。
横浜行きの銀色の電車は、まだ山手線よりましだった。わたしは混雑する急行を避けて各停のホームへ進んだ。
吊り革の手に体重を預けて、ぼんやりと窓に映る半透明の自分の姿越しに街の明かりが電車の進行方向と反対の方向に飛んでいくのを見ていた。
明かりはだんだんまばらになり、電車が住宅街を走っていることが分かった。
祖父母と母と暮らした家は多摩川を越える手前にあった。
いつもわたしは何の気なしにそのあたりを通勤時に眺めていた。
ほんとにただなんとなくだけど・・・。