時雨の奏でるレクイエム
コンコン、とノックの音を聞いてクルーエルはぎくりと身を強張らせた。
幻獣界へ行くための準備を見られたら事だ。
クルーエルは慌てて荷物をクローゼットに押し込む。

「クルーエル様、オリビンですわ」

「うんっどうぞ、入って」

オリビンは寝巻きにショールを上品にかけて、髪を下ろしていた。
その手にはバスケットを持っている。

「……どうしたの?」

クルーエルはいぶかしんでオリビンに聞いた。

「明日、ここを出るのでしょう?」

「えっ……!」

「わかりますのよ。ずっと見ていたんですもの。小さい頃から……」

オリビンは懐かしそうに目を細めた。

「だから、どうせラディウスのことです。私たちに一言も言わないで、簡単な走り書きを置いて出て行くことでしょう」

だから、とオリビンは間を置いた。

「これを持っていってくださいませ。餞別ですわ」

オリビンはクルーエルにバスケットを渡した。
中には、そのまま食べられる果物に、柔らかいパンが入ってる。

「どうせ、行く途中でお腹が空くに決まってます。空のバスケットはヘルに渡してくれればいいですわ」

バスケットを渡す相手にクルーエルを選んだのは、ラディウスを気にしての事だろう。
弟のことをちゃんと想ってる。
自分の気持ちを押し殺してまで、ラディウスに気を使ったのだ。

「オリビン……その」

「いいんです、クルーエル様」

オリビンはきっぱりと断った。

「たった3日でも、私たちは姉弟として過ごせました。もう、これ以上、弟に甘えることは出来ないんです」

オリビンはクルーエルの頬を優しく撫でた。

「ラディウスを、よろしくお願いしますわ。私たちは大丈夫です。簡単に壊れる脆い絆ではないのですから」

クルーエルは、そのとき見たオリビンの笑顔を一生忘れられないな、と思った。
それくらい、綺麗で強い笑みだった。
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