時雨の奏でるレクイエム
ダフネを抱いたテオの後を歩きながらクルーエルは街を見ていた。
隣でラディウスも興味深そうに街を見回している。
前の記憶をさらっても、ここに来たのは数えるほどしかない。
それもちょっとした用事で来ただけで、街をゆっくり歩いたこともなかった。
巫女だったというラディウスの前の幻獣も、ほとんど来たことはなかっただろう。
ウェナベルは美しくも古い街だった。
だけどにぎやかで、穏やかな気分になる街だった。

クルーエルは丈の短いローブを着ていた。
フードがついた緋色のもので、裾には金糸で刺繍がしてある。
なんとなく、ラディウスと対になってる気もしなくもない。
どうやらここ幻獣界では欲しい衣服は自由に創りあげることができるようだ。
望めば、細かいところまで設定できるのだろう。
ちなみにこのローブは、衣服も幻獣詞も、できれば髪も隠せる上着が欲しいと思った程度の願いで取り出したものだった。
その気になったらこのワンピースも着替えたりできるのかもしれない。
そんなことを考えているとき、ラディウスの呟きが聞こえた。

「ソフィアさん?」

その声は信じられない、というニュアンスが含まれていた。
ラディウスの視線を追ってみても、何人かの幻獣がいるだけで、ラディウスが誰を見ているのか見当もつかない。

「どうしたの?」

「あ、ああ、いや……たぶん見間違いだろう。知り合いにあまりにも似ていたから驚いただけだ」

「あら?殿下ではありません?」

そのとき、一人の女性が振り向いて言った。

「やっぱり殿下だわ!どうしてこんなところにいらっしゃるの?」

「……やっぱり、ソフィアさん、なのですね……」

泣き笑いのような変な声でラディウスが言った。
顔が引き攣っていた。
それでもラディウスの奇妙な美しさは損なわれなかったけれど。
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