幕末異聞ー参ー
壱拾章:狐と猪
「つまり、作戦というのは偉い役職や隊長だけが理解していても仕方ない。
隊士一人一人が作戦の内容、その中にある狙いを理解して初めて隊が一体になるのです。しかし、残念なことに今の新撰組の隊士には作戦を理解できている者が少ないのが現実です。
私はこの先の新撰組の活躍を手助けするためにここに来ました。
私があなたたちに兵士とは何かを教えて差し上げましょう」
広間には足の踏み場がないほどの隊士が集まっていた。集まるだけならいつもの光景だが、今日は何か雰囲気が違う。
皆机に向かってきちんと正座をしているのだ。皆一様に前に立つ人物を見ていた。
「甲羅太郎の講義?」
「甲子太郎な」
「甲羅五郎は一体何を教えてんのや?」
「甲子太郎な」
「んで皆その甲羅ノ助のありがたい説法を聞いとんのか」
「だから甲子太郎だって言ってんだろ!」
「冗談やん。頭硬いな薫ちゃん」
「赤城がふざけすぎなんだよ」
むさ苦しい広間とは逆に縁側でのんびりと秋独特の肌寒さを楽しんでいるのは、楓と浅野薫だった。
「どうやら伊東参謀は隊士たちに兵法やら文学を教えてるらしいよ」
「へー」
「もう少し興味持てよ」
二人の頭上でため息をついたのは浅葱のダンダラに身を包んだ藤堂平助。
「あぁ、そういえばこの前帰ってきたんだっけ」
「…お前」
顔を引き吊らせて袖を捲りあげていた。
「まあまあ。ほんの挨拶や。二人とも真面目すぎてめんどくさいなぁ」
楓は浅野と藤堂を見比べて皮肉めいた笑いを見せた。