幕末異聞ー参ー
――ダンッ
「お…お帰りなさいませ兄上」
見たこともない兄の荒ぶれた態度に三木は困惑の色を隠せなかった。
「あの忌々しい小娘め。完全に私を下に見ている」
伊東の所作は相変わらず上品であるが、部屋を出る前よりも荒々しい。
ため息混じりに発せられた言葉に三木だけではなく部屋にいた皆が一人の名を思い浮かべた。
「小娘とは…赤城の事でございましょうか?」
「愚か者。それ以外に女がいるのか!?」
伊東のきつい口調に三木はびくりと肩を揺らす。
「組織を動かす力のない平隊士だが、どうも目障りだ。速やかに我々の目的を果たしてしまいましょう。よいですね?」
「「「はっ」」」
(赤城楓。野蛮人め)
伊東は自分を軽蔑したような楓の目を思いだし小さく舌打ちをし、弟たちにこう告げた。
「あの女が少しでも怪しい行動をしたら即私に知らせるのです。局中法度を適応するのです」
「…」
この時、三木を含めその部屋にいた全ての者が伊東の楓への執着とも言える異様な雰囲気に気圧されていた。
伊東が作り出した不気味な空気の中、下を向いて座っていた加納がか細い声を上げた。
「と…藤堂殿が、赤城と仲がよろしいのではないのでしょうか?」
「…藤堂君が?」
「は…はい!」
加納は伊東の気迫に負けそうになりながら続ける。
「藤堂殿と赤城は壬生浪士組からの付き合いですし、隊士たちの間でも二人は仲がいいとの話です。ですから彼に赤城を観察してもらい局中法度に違反するようなことを見つけさせるのです。
あるいは違反へ誘導させることも…」
伊東は吊り上がった目を更に鋭くして加納を睨む。
「…加納」
「…は」
伊東の気を更に害してしまったと思った加納は思わず伊東から目を逸らしてしまった。
「藤堂君を呼んでくれ」
そう言った伊東の表情は常人には何を考えているのか読み取ることはできなかった。