幕末異聞ー参ー
壱拾壱章:苦悩
――元治元年(一八六四年)師走
足袋から伝わる冷気に身震いをしながら母家から離れた厠へ急ぐ男がいた。
――ガタガタッ
「こら!!総司!たらいに足引っ掻けてんじゃねーよ!ちゃんと拭いとけよ!?」
「すみませーん!あとでやります!今はもう漏れそうで…」
言い終わる前に必死な顔で姿を消した沖田に深い溜め息をついたのは、頭に頭巾を被り手には濡れた手拭いを持った原田だった。
お世辞にも似合っているとは言えない。
「はぁ…こんな死にそうに寒い日に大掃除なんてやってらんねぇよなぁ」
原田の近くで白い息を吐きながら障子の張り替えをしているのは襷をかけた永倉。
他にも屯所内を所狭しと隊長、平隊士関係なく雑巾やはたき、箒を持って掃除をしている。
今日は十二月三十一日。
新撰組では恒例の大掃除の日なのだ。
「掃除は身の回りを整頓するだけではなく精神も落ち着かせてくれるのです。
ですからみなさん、しっかり今年最後の穢れを落としましょう」
普段は生活の場である前川邸にいることが多い伊東だが、今日は珍しく八木邸に姿を現した。
「はいはいわかってますよ伊東大先生」
特に手伝うでもなく歩いて回るだけの伊東に原田が小声で悪態をつく。
「嫌いなら気にしなきゃいいだろ?なあ平助」
呆れたように腕組みをしながら、少し離れた場所で箒を持っている藤堂を振り返る永倉。しかし藤堂の耳には永倉の声は聞こえていないようであった。
「あーすっきりしたー!快便快便」
永倉が藤堂に声をかけようとした瞬間、突然明快な声が廊下に響き渡った。
先ほど厠へ行っていた沖田だ。
「おや?伊東先生!こっちにいるなんて珍しいですね?
もしかしてお掃除のお手伝いしていただけるんですか!?」
目上の者に対する失礼すぎる発言に冷えきっている空気が更に冷えた。
もちろん沖田自身は全く気がついていない。