幕末異聞ー参ー
楓は胸に小さな痼を残したまま五条通りを進んでいた。
「何でさっきからこそこそしとんの?」
急に歩みを止め、楓は持っていた正月飾りを誰もいない通りに向かってブンっと降った。
「……一体どれだけ離れればバレないわけ?」
距離にして長屋二棟分。
目視すると割り箸二本分くらいの大きさの男が楓の言葉と共に観念したように物陰から姿を表した。
「隠れんのが下手すぎなんや。平助」
「斎藤とは天と地の差や」と最後に小声で付け加え、黙ってとぼとぼと距離を詰める藤堂を寒さを耐えながら待つ楓。
「「……」」
二人の間には白い息だけが立ち上っている。
「何か言いや。何も言わんのも変やろ」
一向に口も開かず目も合わせようとしない藤堂に等々痺れを切らした楓はずいっと前に出る。
「いや…俺は鍛冶屋に刀を取りに…」
「ふーん。んで、刀は?」
楓が藤堂の腰を覗き込むとどうやら一本しか差していないようだ。
「その…これから取りに行くんだよ」
楓の目から腰を隠すように横を向く藤堂。
「じゃあなんでずっとうちについて来てたんや?」
「…」
「もうあと二十分もあれば屯所に帰ってしまうで?」
「…」
「おい。何か言えや。もう寒うてイライラしてきたでー」
体を背けて足元の砂利を見つめたまま無言の藤堂に楓は困ったように眉を寄せた。