幕末異聞ー参ー
――ダンッ!!
いつまでも終わりの見えない楓と沖田の言い争いを強制的に断ち切ったのは、部屋全体を振動させるくらい大きな音。
「気は済んだか?」
十分間を置いて、こめかみに青筋を浮かび上がらせた土方が鬼の形相で二人を睨め付ける。
土方に叩かれた机からは、紙やら筆やらが衝撃の強さを物語るように次々と落ちていく。
「「…」」
土方に射竦められた楓と沖田は何か言おうと開いた口をそのままに、こくりと一つ頷いた。
「けほっ…けふっ」
漸く落ち着いた空気を再び波打たせたのは、声ではなく遠慮がちな乾いた咳だった。
「大丈夫かい?総司」
咳の出所は沖田。身を屈めて咳を続ける彼の背中を、山南は優しく擦った。
「あっ…はは。けほっけほ…大丈夫です。ありがとうございます」
沖田は山南の手を自分から遠ざけ、苦し気に笑う。
「こういう事があるからだよ」
黙って山南と沖田のやりとりを見ていた土方が低く呟いた。
「え?」
沖田は子供のような表情で首を傾げる。しかし、残りの二人はそうではなかった。
楓も山南も厳しい目線を土方に向ける。
「お前みたいに風邪引きやすかったり、元々胸が弱かったりすると、大事な時に出動できねー可能性だってあるだろう?」
沖田と向かい合って座る土方は、優しく子どもに言い聞かせるような口調で話した。
「胸が弱いなんて昔の話です!今だって偶々風邪をひいてしまっただけで…」
子ども扱いされた事が気に食わなかったのか、沖田は口を尖らせて反論する。
「じゃあ、何故池田屋の時みたいな事が起こった?」
「…っ!」
新撰組が初めて公に名を轟かせた六月の池田屋事件。
新撰組の武勇とは裏腹に、沖田にとっては苦い記憶でしかなかった。