幕末異聞ー参ー

「あの時、お前は赤城がいなかったら確実に死んでいた。逆に言えば、お前はこいつがいたから今生きている」

土方は顎で沖田の背後にいる楓を指した。

「お前は一番隊の組長として申し分ない剣の技術を持っている。だがまだ若さ故の粗が目立つ。その粗い部分を埋めるために赤城を一番隊に入れたんだ」

土方は沖田が自分から目を背けている間、終始楓を睨み続けていた。土方の熱い視線を受ける楓は、眉間に皺を寄せ、目を細める。


(…めんどくさい事押しつけんなや)

土方の沖田に向けた言葉の意味と自分に向けられた視線。
その全ての真意を理解した楓は土方から目を離し、人知れずため息をついた。


「…」

ここまできっぱり自分の短所を指摘されてしまっては、流石の沖田もぐうの音も出ない。
あまりに的を獲た土方と山南の言い分。もう沖田に言えることは何もない。


「…わかりました」


唇を噛んで小さく頷いた沖田は、挨拶もそこそこに副長室を足早に出ていった。

「あーあ。お姫様は機嫌を損ねてしまいましたよ副長さん?」

沖田の足音が聞こえなくなったのを確認して、楓が土方に向き直る。

「いいんだよ。甘やかしてばかりじゃ成長しねぇだろ」

口ではそう言っているが、土方の額には深々と皺が刻まれている。

「まあ、総司の事なんかどうでもええねん。随分と面倒な事してくれたな」

楓は吊り気味の目を更に鋭くして、山南と土方を順に見た。


「…君には事あるごとに負担をかけてすまないと思っているのだが、今回ばかりは赤城君じゃないと駄目なんだ」

楓の言いたいことを予め知っていたかのような口振りで答えたのは山南。申し訳ないという気持ちからか、少し俯いている。

「最悪の時の事を考えてした事だ。万が一、億が一の話だが、奴が戦場で倒れるような事があった時は…お前しかいないんだ」

具体的な言葉を避ける土方のらしくない姿に、楓はますます不機嫌になる。




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