幕末異聞ー参ー
「山南さん!もう一度逃げてくれ!!」
「俺たちは貴方を失っちゃいけないんです!」
「頼む!!山南さん!」
三人は山南に向かって渾身の土下座をして小声ではあるが精一杯懇願した。
「…頭を上げてください」
一瞬驚いた山南だが、すぐに三人の背を触り自分を見るように促した。
「例えばここでもう一度脱走したとしましょう」
三人が顔を上げると、山南は一人一人の顔をじっと見た。
「そうしたらもうそれは私を貫いたことにはならないんです。
一生新撰組からも、この動乱の世からも逃げて…。それはもう武士でも何でもないでしょう?
私は例え刀の握れなくても、気持ちだけでも武士として、山南敬助として死にたいのです」
これが山南敬助の武士の形。
「どうか、武士として死なせてください」
三人に向けて頭を下げる山南にもうかける言葉はなかった。
変えたくても変わらない山南の意志は一刻をかけても変化はなく、三人は唇を噛み締めながら前川邸を後にするしかなかった。
それからも伊東や山南についていた小姓など数名が彼のもとを訪れたが、何れも彼の意志を変えることは叶わなかった。