幕末異聞ー参ー
「行かなくていいのか?」
「…近藤さんこそ」
山南の切腹まであと一刻に迫った頃、副長室では土方と近藤は検使役の衣装を目の前にしていた。
それは山南の切腹まであまり時間がないことを示唆していた。
「…あれが山南の意志だったんだ。今さら謝ることも止めることもしてしまったら逆に奴の尊厳を傷つけてしまうだろう」
「そうだな。今までが散々手遅れだった。だから今度こそ、山南さんの武士道を見届けるのが俺たちのできる最大のことだ」
近藤と土方は一つ大きく呼吸をし、それぞれの横に置いてあった検使役の衣装を手に取った。
――申の刻
山南の切腹が行われる場所に選ばれたのは前川邸の八畳ほどの部屋だった。
検使役として部屋に入っていた近藤、土方と介錯人の沖田、その他三名の合計六名が既に部屋の中で山南の到着を待っていた。
今まで行ってきた切腹の儀式とは違う異様な空気が流れる。
「山南敬助入ります」
その声で部屋の中の緊張が一気に高まった。
ぴりぴりした空気の中入ってきたのは、切腹前の儀式を済ませ白装束を着た山南敬助。それをみた全員がいよいよなのだと改めて実感していた。
「…山南敬助。これから切腹の儀を行うが、何か言い残すことはないか?」
近藤が苦しそうに喉を詰まらせながら真正面に正座する山南に問う。
「そうですね…こんな時に言うのも変ですけど、楽しかったです。あなたたたちと出会えて」
「…っ!」
これから自らの腹に刀を刺すという人間に言えることばだろうか?
朗らかな笑顔で山南は土方を見た。
「もう始めましょう。私は臆病だから痛いのは嫌いなんです」
いつもと変わりない調子で困ったように笑う山南。
「臆病な人間はこんな状況で人に感謝なんてできねぇよ。山南さん」
土方も吊られて笑った。
そして…
――元治二年(一八六五年)二月二十三日 申の刻
山南敬助 享年 三十三歳