幕末異聞ー参ー
山南の死が屯所中に伝わると、屯所全体がどこか暗い雰囲気に包まれた。
非番の者は島原や祇園に行く予定だったのを急遽取り止め、皆で喪に服した。
しかし、一人だけとんだうつけものが存在した。
こんな日に島原へ来た者がいるのだ。
薄暗い屯所とは対照的な眩しいくらい明るい島原を歩いていた。
大勢の人を掻き分けその人物が目指したのは『春の屋』。
迷わずその暖簾を潜っていく。
「おこしやすぅ…ってお客はん…」
「天神の明里っておる?」
対応にあたった店の女将は当惑した。こんな客は初めてな上に明里を知っている。
明らかに怪しいと思った女将は軽くあしらって帰ってもらおうと思ったその瞬間、
「天神の明里――!!話があんねん!聞こえたらちょお顔だしてくれへんか?!」
店中に聞こえる大声で明里を呼び始めた。
これには女将も絶句である。
――スス…
「あの…明里はうちどすけど?」
大声に答える様に二階の部屋の襖が僅かに開き、中から甘い声が聞こえてきた。
「……え?女子はん?」
襖の隙間からちらりと大きな目が声の主を確認すると、大きな目が更に大きく見開かれた。
「ああ、そうや。ちょう話があって時間欲しいんやけど今ええか?」
「へ…へぇ」
結局明里は話が飲み込めないままおかしな女と話をすることになってしまった。