幕末異聞ー参ー
――ガシャ―ンッ!!
「うわ――っ!!」
『春の屋』に悲痛な叫び声が響き渡った。
急いで女将と禿、『春の屋』の主人が声のする二階の部屋の襖を開けると、そこには割れた小皿やお猪口と着物を乱した明里、それを気にする様子もなく正座をしたままの楓がいた。
「あんたのせいや!あんたが…あんたが山南さんを…」
崩れ落ちる明里を『春の屋』の主人が慌てて支え、楓に向かって
「すみませんが今日はこれで帰ってもらえませんかね」
といくらかの金子を手渡そうとしたが、楓は受け取らず、
「すまんかった」
と言って『春の屋』を出ていった。
店を出た楓はそのまま屯所に帰る気にもなれず、きらきらと輝く島原をぼんやりと目的なく歩いていた。
化粧を崩しながら泣き叫ぶ明里の顔が離れない。
山南が切腹したことを彼女に知らせたことが果たして本当によかったのかもわからない。
自分が救われたかっただけなのかもしれない。
考えれば考えるほど楓の頭はぼんやりと夢の中のような感覚に陥った。