幕末異聞ー参ー
「頬、切れてますよ」
背中からの聞きなれた声にはっとした楓は、勢いよく振り返る。
「私が行こうと思ったのに先を越されてしまいましたね」
「あんたは介錯しただけやん。仕事しただけやろ」
「そうでもないんですよ…」
懐から手拭いを出し楓に渡したのは沖田だった。
二人は島原を抜け、三条近くの鴨川の土手に腰かけていた。
「私は自分が困った時だけ山南さんに頼って、でも山南さんが困ってるのを知ってても知らん顔をしていたんです。結局私は子供で無責任なんです」
石を弄りながら困ったように笑う沖田に楓は小石を投げつけた。
「笑いたくなければ笑うな。お前のそういうの大っっ嫌いなんや。むかつく」
頬に水で濡らした手拭いをあてながら仏頂面で言う楓に沖田の表情が固まる。
「………じゃあ、泣いていいですか?」
「…ええんちゃう?幸い夜やし。男の泣き顔なんて誰も見いひんよ」
ぷいと頬杖をついたまま沖田と百八十度違う方向を向いて、楓は懐から手拭いを出し沖田に投げつけた。
二人の答えはおそらく一生出ることはない。
だが、それを背負って二人は大人になっていくのだ。