幕末異聞ー参ー
――慶応元年(一八六五年)五月一日
坂本の視界にはひたすら水平線が写っていた。
「お―!船に乗るなんてまっこと久しぶりじゃのぉ」
「そういえば、おいらが初めて会ったのは船の上でしたね」
甲板でおおはしゃぎする坂本に苦笑しながら隣に立つ西郷は海の先を見据える。
「そうじゃったそうじゃった!わしは京都に行く筈だったのに何故か鹿児島まで行ってしもーて、おんしに助けられたんじゃったのぉ。いやぁ懐かしい」
「今度こそ、行き先は鹿児島で間違ごうとらんですよ」
「いよいよ薩摩の本拠地に入る訳じゃな」
坂本は遥か先にある鹿児島を想像して胸の高鳴りと少しの緊張を感じていた。
「大丈夫です坂本どん。おいが必ず薩摩の者たちを長州との同盟に賛成させてみせもす。そしておいが薩摩の主導者となりもす。
そうしなければ坂本どんを鹿児島に連れていく意味も同盟の計画も意味がなくなってしまう」
そういう西郷の手は小刻みに震えていた。
まるで自分で自分を鼓舞するように胸を叩き、大丈夫だと何度も呟いた。
太平洋の穏やかな波に揺られながら、二人の志士は歴史を変えようとしていた。