幕末異聞ー参ー
「へっくしゅん!!」
「風邪ですか?」
「いや…何でもねぇ。それより伊東の報告を」
遠くから砲撃訓練や竹刀のぶつかり合う音を聞きながら、副長である土方は文机に向かって書き物をしていた。
「はい。現在は目立った動きはありません。副長のお気になさっている尊皇攘夷運動も仲間内の論議だけで留まっているようです」
「そうか。引き続き監視を続けてくれ」
「…妙に気にしてますね」
立ち上がった斎藤が土方の背に話しかける。
「珍しいな。お前が物事を読めないなんて」
土方は子筆を置いて鼻で笑う。
「正直、俺だって尊皇思想を捨てたわけじゃない。というより、松平様も新撰組自体もそうだ。
日本にとって天子様は信仰の対象で唯一無二の尊い存在なんだと俺は思ってる。だから信仰するもしないも個人の自由だ」
「ではなぜ伊東参謀は?」
「あれは尊皇の簑を被って幕府を潰そうとたくらんでる気がするんだよ」
「つまり」
「今の攘夷志士と同じって事だ。そんな危ない思想が新撰組に蔓延したら困るからな。
ま、まだ俺の推測だが。用心するに越したことはねぇ」
「なるほど。わかりました。
引き続き伊東参謀を監視します」
斎藤は無表情ではあるが、土方の読みに関心しつつ副長室を出ていった。