幕末異聞ー参ー
「けほ…けほ……」
抑え込んだような小さな咳が廊下に微かに聞こえてくる。
それも砲撃訓練のタイミングに合わせているような器用な咳だ。
「はい。着物着てください」
「ありがとうございます。山崎さん」
閉め切った薄暗い部屋の中でひそひそと小声で会話をしているのは監察方の山崎と沖田。
なにやら他人には聞かれてはいけない話をしているようだ。
「肺臓の辺りを聴診してみましたが、自分が聞いた限りでは特に気になるところはありませんでした。
睡眠や食欲はどうですか?」
「子供並みにどちらも旺盛です!」
沖田は両腕を天井に向けてまっすぐ上げ、元気さをアピールする。
「…自分にだけは嘘をつかないでください言うたはずです」
「…すみません。睡眠は咳で起きることがごく稀に、食欲は少しだけ落ちました…」
鋭い視線を送ってくる山崎にしゅんとなってしまった沖田は正直に近況を白状した。
「…本当は隊務を少し減らした方がいいんですけど」
「それだけはできません!」
「じゃあせめて松本先生に診てもらうとか」
「それもできません!」
「“だけ”やないじゃないですか!!」
山崎はわがままな沖田に思わずツッコミを入れる。
「あっははは!大丈夫ですって!体力も落ちてないし肺臓も問題ないわけなんですから」
「しかしそれは見習いの自分の見解で…」
「山崎さんの見方だから大丈夫なんですって!」
ふわりと軽く笑い飛ばす沖田に山崎はわざと大きなため息をついた。
「…薬。出しときますから必ず飲んでくださいね」
「はい!」
緑香る京の風情を感じながら二人は微笑した。