幕末異聞ー参ー
参章:永倉新八の決心
――八月二九日
長州征伐への召集を受けなかった新撰組では、いつものように隊務に励む隊士たちの姿があった。
「最近じゃ、攘夷だなんだっていう浪人減ったな」
「流石にあんな事件があった後じゃ一時でも京から離れるだろ」
この日の隊務を終え、河原町の茶屋で一服しているのは永倉と原田。
会話らしい会話もなく、まったりと賑やかな町の風景を暫く眺めていた原田が思い立ったように永倉を見た。
「そういえば、最近近藤さん見てねーな!」
「…ああ。またお偉いさんと会合だろ?」
珍しくうわの空で答えた永倉に原田は違和感を感じた。長年の付き合いで培われた勘がざわめく。
「珍しく気に食わねぇって顔してるな?」
原田の言葉に、永倉の肩が僅かに揺れた。
「らしくねーな。気持ち悪いから何かあるんなら言えよ」
原田は様子がおかしい永倉を一瞥して、最後の団子を一口頬張った。
「…俺は新撰組は泥臭いままで、壬生狼のままでいいと思う」
早くも秋の気配を漂わせる青空を見上げながら、永倉はふっと息をついた。
原田は黙ってその先の言葉が出るのを待つ。
「近藤さんが農家の出でここまで伸し上がってきたのは本当に凄い事だと思う。きっと、その反動でお偉いさんに引けをとらんとする気持ちも理解はできるんだ。できるんだけど…」
「初心を忘れてる…か?」
自分が見つけられなかった言葉を意図も簡単に口にした原田に、永倉は目を丸くする。
普段多少の事では動じない永倉が、自分の一言で表情を変えた事に原田は内心、喜んでいた。
「俺も、池田屋事件以降の近藤さんの行動はどうかと思ってたところなんだ。お偉いさんに習って女遊びとか派手な着物とか着ちゃってよ!武士の本質はそんなとこにありゃしねーのに」
いつの間にか平らげた団子の串をくわえたまま原田は悪態をつく。