幕末異聞ー参ー

「…はぁ。新八って昔から言った事は意地でも撤回しないよな」

空笑いをして肩を竦める原田に、永倉もまあねと言って笑った。

空になった皿を売り子が音もなく持ち去っていく。気が付けば、原田と永倉の周りには誰もいなくなっていた。


「よし!わかった!!」


空の湯呑みをドンっと椅子に置き、原田はおもむろに立ち上がった。

「何だよいきなり?」

永倉はいちいち動作が大げさな原田を睨む。

「乗ったぜ新八!」

「はぁ?」

「俺も松平公の所に行く!」

「な…何言ってんの!?」

気でもおかしくなったのかと原田を見れば、彼は実に能天気な笑顔を見せている。

「いくら馬鹿でも松平公の所に行くっていう意味くらいわかるよな!?局長である近藤さんに歯向かうんだぞ?切腹させられるかもしれないんだよ?!」


永倉は、原田の胸ぐらを掴んで前後に揺さ振る。

「新八…お前さっきから俺のこと馬鹿にし過ぎじゃない?!解ってるよそのくらい!」

こめかみに青筋を浮かべ、永倉の腕を払う原田。ぐしゃぐしゃになってしまった合わせを乱暴に直した。


「武士に二言はねぇ。新撰組にいて今更死ぬのが怖えなんて言わねーよ」

永倉の肩口を拳で軽く小突き、原田は大口を開けて笑った。


「…くくく。勝手にしろよ」

永倉は深く俯き、地面に向かって喉奥で笑った。原田からはその表情は伺えないが、声がほんの少しだけ寂し気に聞こえたような気がしていた。



――何かが少しずつ変わり始めた


二人はお互い口には出さないが、そんな確かな思いと不安を感じていた。




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