幕末異聞ー参ー
「一緒に武士になろうって言われた時の近藤さんの顔は忘れられないな」
細かく揺れる蝋燭の火を見ながら、永倉は武州で無名だった頃の事を懐かしんで顔を綻ばせた。
「岩みたいな顔には似合わないお人好しな笑顔でさ。タコだらけの固い手で痛いくらい俺の手を握ったんだよ」
障子も襖も閉めた密室には硯に墨を摺る音のみが響く。
「迷わなかったな。あの人の言う武士は名前だけのお飾り武士じゃないと思ったからね」
「今の局長は名だけの武士だと?」
机に向かう永倉は墨を摺る手を止めた。
「断言はできない。確実に言えるのは、俺と近藤さんの目指す所が違ってきたってことかな」
背中に投げかけられた疑問に、天井を見て答える永倉。
「派手な物着て、派手に金子使って新撰組がなめられないように努力してくれてるのは解る。でもそこに着眼している時点で、俺とは違うんだ」
永倉は一旦言葉を切って、振り向く。
「いいじゃないか。ぼろぼろでも、下に見られてても。直向きにやることやってればさ?」
振り向いた先にいる人物の目を見て、永倉は薄く笑う。
「お前もそう思ってるからここに来たんだろう?斎藤」
薄暗い部屋の中に座していたのは、今さっき近藤の護衛を勤めあげた斎藤一であった。