幕末異聞ー参ー
六章:遠い日の言葉
父がよく言っていた。
――目の前の命に全身全霊を注ぎなさい
医者であるそんな父の背中を見て育ったのにその言葉を理解する事ができなかった。
診療費も払えないような貧しい者を診察するより、武家や商人を顧客にする方が絶対に儲かる。
若い俺はそう思って貴方に反発していました。
拝啓父上様、こんな愚か者の息子をお許しください。今ようやく父上の言っている事が理解できました。
「山崎君!来てみなさい」
実家に宛てた、たった二行の手紙を折っていると、どこかの部屋から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
俺は急いで机に置いてあった紙と筆、手袋を持って自室を飛び出した。
「良順先生、山崎蒸参りました」
「おお、入りなさい」
許しを得て部屋の襖を開けると、そこには見事に剃り上げられた後頭部と若い隊士がいた。
「こちらへ来て良く診てみなさい」
光る後頭部が反転し、近藤局長に負けず劣らずの厳つい顔がこちらに向けられる。新撰組の専属医である松本良順だ。
「失礼します」
なるべく邪魔にならないように良順先生の傍に座った。隊士は若干緊張した面持ちで俺の顔を見ていた。