幕末異聞ー参ー

「拝見します。まず両足を伸ばして座ってください」

隊士がなるべく安心するように、普段は作らない笑顔を無理矢理作った。さぞかし歪な顔をしている事だろう。
隊士は予想通り、見たことも無い俺の笑顔を見て最初は目を丸くしていたが、少し表情が和らいでいた。
その光景をいつものように良順先生は横で見ている。


「顔色、異常なし。脈診、異常なし。腹診、異常なし。足に浮腫み…」


基本診察を終え、隊士の腕や足を見て頭の中にある病名が思い浮かんだ。

「たまに足が痺れたり違和感があったりしませんか?」

「あ…はい。ここ最近、足が痺れる事が多いです」

この瞬間、俺は確信した。


「これは脚気(かっけ)だと思います」

脚気は今、全国に満えいする病気である。ある蘭方医の説では、日本の食生活が影響しているというが、定かではない。放置すると胸痛が起き、死に至る病気である。
しかし、この病気には意外な治療法があるのだと良順先生が教えてくれた。


「しばらくは米ではなく蕎麦を食べてください」

「え…?山崎さん、それだけですか?」

病名を聞いて、これからの薬代や隊務のことを考えて青ざめていた隊士の目が点になる。

「はい。それだけです」

「薬は…?」


「必要ありません」

彼の気持ちは良く解る。俺もそれを初めて聞いたときは疑っていた。だが、本当に治るのだ。自分の目で見てしまっては信じないわけにはいかない。俺は自信持って隊士に断言した。

「では、蕎麦を食べ続ければ本当に治るんですね?!」

「はい。ですが、蕎麦だけ食べていても仕方ありません。しっかりと副菜も食べてくださいね」

「はい!!山崎さん、ありがとうございました!」

迷いの無い返答は隊士の心を強くしたようだ。
ここに入室して初めて見たときの彼の怯えた表情は、退室する時には完全に消えていた。





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