幕末異聞ー参ー
七章:娘の見た夢
――七条堀川
パシャリと水が地面を踊る音がする。
真夏の町中では日常である。
「今日も見事に咲いているな」
立派な二階建の門前に咲いた色とりどりの朝顔を愛しそうに眺める老年の男がいた。
「父上、おはようございます」
柄杓と水で満たされた桶を持った女が、男の声に反応して慌てて立ち上がる。
「はっはっは!琴、いつも言っているやろ。わしはお前の父親だぞ?そんなに緊張しなくてもええやろ」
寸分の狂いもなく切り揃えられた銀色の口髭を手櫛で梳かしながら男は苦笑した。
「あ…あの、すみません…」
琴は満月のように丸い顔をまっ赤に染めた。
美しい空色の生糸で織られた薄手の着物は、見るだけで気品を感じられる。
その皺一つない着物の裾を琴の白い手がぎゅっと握り締めていた。
「いや、決して怒っているわけやないんやけど…」
「す…すみません」
自分の言葉の補足をしようとした男であったが、何を言っても謝る愛娘の姿がいたたまれなくなり、これ以上何も言うまいと心に決めた。