幕末異聞ー参ー
朝顔で埋め尽くされた中谷診療所の門を潜る者は多い。
打ち身、刀傷、風邪、悪寒。どの分野の患者もたちまちに治してしまうという噂が流れるくらい琴の父は腕のいい医者なのだ。
この日も、八畳ほどの小さな待ち合い室はほぼ満員に近い状態だった。
「はい、ではお大事にしてくださいね」
「おおきにどうも」
町で評判の中谷先生は、いつものように、一人一人丁寧に診察していく。
「おや、今日は珍しくかわいい娘さんが助手かい?」
診察を終えた老婆がたらいの水を替えに来た琴を見て笑う。
「ええ。娘の琴です。いつもは一人で診察するんやけど、わしも歳やから若いのに助けてもらわんと体持たまくなってもうて。わっははは!」
口髭を少し摘んで豪快に笑う中谷医師。
「何言うてんねん!先生にはいつまでもしっかりしててもらわなあかん」
老婆と中谷医師の談笑は続いているが、琴はそれを聞いて愛想笑いをする余裕などなかった。
(つ…次!?それともまだ来てないの??!)
父親が患者を呼び入れる度に、琴は足が痺れるくらい緊張していた。
患者に対して過剰な反応を見せる琴。
遂に、その原因が中谷診療所の門を潜った。