幕末異聞ー参ー
「次の方、どうぞ」
中谷医師は診察室である部屋の襖の向こうに声をかけた。
――スス…
「こんにちは」
襖が人の顔分ほど開かれた瞬間、琴の心臓が数秒止まった。
「やあ。ちゃんと来たんやな!」
琴の耳には、父親の声がやたら遠くに聞こえる。
「だって先生来ないと乗り込んで来そうな勢いだったじゃないですか!」
透き通るような心地よい低音が琴の聴覚を直接刺激する。
「ははは!そんな情けない顔してるようじゃ、新撰組最強剣士と謳われる沖田総司も形なしやな!」
「むっ。別にいいですよ~!」
診察室で和気あいあいと話す父と患者から琴は目が離せない。
沖田総司。その名を聞いただけで琴の緊張は最高潮に達していた。
「で、どうや調子は?」
「ええ。先生のお陰ですごくいいです!」
沖田は袂を捲り上げ、力瘤を作って中谷医師に見せた。
「うん。最初に来た時よりは随分顔色もええみたいやな。とりあえず、腹診してみよか」
そう言うと、中谷医師は後ろで控えている琴に手を差し伸べ、腹診器を要求した。しかし、一向に手に重みを感じられない。
「…琴?」
不審に思った中谷医師は後ろを振り返った。琴は沖田を見たまま動かないでいた。
「琴、腹診器を!」
「…うえ!?は…はい!すみません!!」
二回目の呼び掛けで漸く琴は、慌てて腹診器を中谷医師に手渡した。