幕末異聞ー参ー
たまと鬼が音に導かれてやってきたのは、なんと本堂の軒下。そこは、子どもの腰くらいの高さしかない上に、薄暗く湿った空気が漂っていた。


「…本当にここにいるかな?」

「確かにここから聞こえたんだけど…」


身体を屈めてひそひそと会話をする二人の声は頼りない。

半信半疑で二人は視界の悪い軒下を見渡してみる。


「あ!」

突然、驚いたような鬼の声が軒下にこだました。

「そうじみーっけ!!」


続いてたまが暗がりの中の一点を指差す。
すると、もそもそと音をたてて何か大きな黒い塊が二人の方へゆっくりと向かってきた。


「いやー、見つかっちゃいましたか」

たまと鬼の背後から射す僅かな日の光が塊の輪郭を鮮明にしていく。

「へっへっへ!そうじ咳してたやろ?」

塊の一端を掴んで軒下から引っ張り出す鬼が自慢気に笑う。

「あー。抑えたつもりだったんだけどなぁ」

「あたしらを誤魔化そうなんて百年早いで!」

軒下から蛙のように這いつくばって出てきたものに、たまは抱きついた。

「あはは!百年かぁ。それは適いませんね」

むくっと上半身を起こし笑顔を見せたのは、整った顔立ちの若い青年。
艶のある漆黒の髪に埃をたっぷりつけ、藤色だった着物は泥と土で酷く汚れている。子どもでも、ここまで汚れるには躊躇うだろうというほどに見事な汚れっぷりだ。

壬生寺に参拝に来ていた誰もが、この微笑ましい平和な光景に目を細めていた。

目線の先で無邪気な笑顔を見せる青年が、剣客集団新撰組の一番隊組長・沖田総司だと気付く者など誰一人としていない。



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