幕末異聞ー参ー
「はぇ…!?は…はい!すみません!!」
口癖の謝罪がいつもより覇気があるのに、中谷医師は誰にもわからないように笑った。
沖田はからくりのように硬い動きで退室する琴を大きな二重の目で襖が閉められるまで追っていた。
「中谷先生のお嬢さんですか?」
くすくすと口に手を当てて笑う沖田。小刻みに震える腹に腹診器を当てながら中谷医師の口元も笑っていた。
「ああ。決して悪い子ではないんやけど、どうも臆病でいかん」
「そうでしょうか?私は臆病な事が悪いとは思いませんけど」
「そう言ってくれるのはお前さんくらいやで。沖田さんになら嫁に出してもええで?」
腹診を終えた中谷医師の口髭が弧を描いた。
「あはは!残念ながら、私には娘さんを幸せにすることは出来ませんよ」
身支度を整える沖田は、眉を寄せて苦笑しながら首を振った。
「だははは!!冗談や冗談」
中谷医師は背を反らせ爆笑する。
「うん!まあ大丈夫やろ。じゃあ、また咳止めの薬を調合しとくから、近いうちに来るように」
絶対に、と最後に付け加え中谷医師は診療書に筆を走らせた。
「あはは。そんな念を押さなくてもちゃんと来ますよ!どうもお世話になりました」
跳ねるようにして立ち上がった沖田は患者とは思えない機敏な動きで診察室を出ていった。