幕末異聞ー参ー
「珍しいですね?引きこもりの楓がお茶屋にいるなんて。しかもこんな日の高いうちに」
わざと聞こえるようについたため息も効果はなく、沖田は磯辺焼きを幸せそうに頬張る。
「一言どころか言葉全てが余計で頭くるわ」
先ほどまで楓を癒していた鴨川のせせらぎも、沖田が現れた今となっては耳障りなだけだった。
「うちだって外に出たいと思うときくらいあるんや。一人でな」
最後に一人を強調させた楓はさっさと串に残った磯辺焼きを口に運ぶ。
「なるほど」
自分で質問しておいて、至極興味のなさそうな生返事をされた楓のこめかみに青筋が浮く。
「あんたは何してたんや?まさか昼間っから祇園で遊んでたんか?」
「あははは!!原田さんじゃあるまいし。そんな事しませんよ」
今度は洒落た冗談にとられてしまったようだ。
楓は沖田を喜ばせてしまい、損した気分になった。
「じゃあ何やねん?」
「ただの散歩ですよ。私は貴方と違ってじっとしているのが苦手なんです」
「ふん。ガキ」
「ふふ。童心を忘れないのは大切なことですよ」
あんなに喋っておきながら、いつの間にか沖田の皿の上には細い串二本のみが乗っていた。
「では、私は先に帰ります」
そう言うと、沖田は腰を上げ、刀を腰に差し漆黒の髪を風に遊ばせながら去っていった。
「また変わった所を散歩するんやなぁ?沖田組長は」
一人になった長椅子で楓は冷笑した。
「香の代わりに薬草の匂いを身に纏うなんて、さすが色男は違うなぁ」
楓は独り言をこぼしながら、鼻を数度擦った。
微かな薬草の匂いが楓の鼻を刺激していた。