幕末異聞ー参ー
「この事は黙ってろと…言うんですね?」

「はい」

「虫がよすぎやせんか?」

今までの目上に対する礼儀に則った喋り方から一転、怒りの籠もった乱暴な口調になる山崎。しかし、沖田は山崎の変化にも動じない。

「そうですね。これは完全に私のわがままです」

これぞ自己中心的な人間の典型だと、沖田は自分を嘲弄する。


「わがままって解ってるなら尚更、自分の言い分だけ通すのはおかしいやろ?」

山崎の眼光が一層強さを増し、凄みを効かせる。



「…何がお望みですか?」


山崎から取り引きを持ちかけられた沖田は真剣な顔つきになった。


「松本先生にも局長らにも一切何も言わん。だから、体調の変化は俺に正直に言ってください」


「…ふふ、おかしなことを言う。山崎さんの得になる事一つもないじゃないですか」

沖田は首を傾けて小さく笑う。山崎も険しい表情を和らげ、自嘲の笑みをこぼしていた。

「新撰組の隊士として、隊医としては最悪な奴ですよ。でも、損とか得とか関係なしに沖田先生の考えに一個人として賛同したんです」

「?」

「俺も床で生涯を終えるなんて嫌ですから」


山崎は年齢にそぐわない、無邪気な笑顔で沖田に笑いかけた。


「山崎さん、ありがとうございます」

何度礼を言っても足りる事はない。そう思いつつ、沖田は結った髪が視界に入るくらい深く長いお辞儀をした。

「体調の善し悪しが労咳に直結するわけじゃないです。むしろ労咳なんて万が一の可能性としか俺も松本先生も考えていません。ですから、俺の事は体調管理の補助とでも思ってください」

「あはは!!私も自分が労咳なんてこれっぽっちも思ってませんよ。山崎さんがついていれば私の体調はいつでも万全ですね!」



この時、二人は笑顔という分厚い面の下に嘘を隠し持っていた。


――労咳の可能性は万が一ではない


悪い予感を封じ込めるように、二人は暫く他愛のない話を続けていた。




< 69 / 176 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop