幕末異聞ー参ー
「伊東先生、三木さん」
しんと静まる空間に響いたのはどこか人を安心させる声だった。
「この者は女子であり女子ではないのです」
「は?」
「見かけこそ私たちと違うものの、芯には私たちと同じ誠の御旗を掲げた立派な武士です。ゆえに、女子扱いなさらないでいただきたい」
そう続けたのは過去に伊東と同じ意見を持っていた近藤。あまりに想定外の人物から援護されたことに楓は驚いた。
つい最近まで女が刀を持って戦場に立つことを頑に反対していた近藤の豹変ぶりには、楓の隣にいた沖田も目を丸くしていた。
「近藤局長。申し訳ないが私には貴方の言っていることが理解できません」
「何もこんな門前で理解してもらおうなんて思ってませんよ。伊東先生」
伊東が次に口を開く前に土方の険しい声が続いた。
「とりあえず中に入りましょう。こいつの事は…その内解りますよ」
楓を一切見ることなく、口許だけに笑みを浮かべた土方は伊東を導くように門の奥に入っていった。
古くから土方を知る者たちは言葉の裏に“黙れ”の二文字が隠されている事に気付き、顔を見合わせて苦笑した。
「ふん」
土方と近藤が門をくぐったのを見ると、伊東は楓を一瞥し三木と江戸から連れてきた仲間と共に後を追った。
「態度悪っ!」
「人のこと言えたもんじゃないでしょう」
心底困ったという顔をして沖田は左肩を揉んでいた。
「あんたかて口先だけで顔は馬鹿にしてたやろ」
「何言ってるんですか。最初に嫌そうな目をしたのはあちらですよ」
「おーおーなんつう陰険な戦い。お互い性格悪いな」
「楓よりはましです」
土方が屯所に入ったことで、道に並んでいた隊士たちも移動を始めていた。
「うっさい」
楓は沖田を一睨みして、肩を竦めながら屯所に向かって歩き出した。