幕末異聞ー参ー


能面のように表情をなくし黙り込んだ土方を遠くから見ていた山崎は腕組みをしたまま静かに大広間を後にした。



「…何してんねん?」


隊士全員が大広間に集まっている中、山崎の目には誰もいるはずのない縁側に立つ出で立ちの人物の姿が飛び込んできた。

気は進まないが仕方なく声をかける山崎。


「昼飯食ってた」


(馬鹿の極みやな)


丸く膨れた腹をパシパシと叩きながら振り向いたのはどことなく満足そうな顔をした楓。
局長、総長、副長ですら参加している初顔合わせに平隊士でしかない楓が出席していないというのは、当然大問題である。


「はぁ…お前は何様や?はよ広間行け」

野良猫を追い払うように手をひらひらと振るう山崎に楓はにやりと口角を上げ詰め寄った。


「識者の前では新撰組名物の威嚇も通じんかったか?」


「…笑い事やあらへん」


長い付き合いの中で山崎は楓の獣じみた勘の鋭さを嫌というほど知っている。今さら隠す気など山崎にはない。



「力技と勢いは賢い奴には通用せんからな。当たり前の結果や。暇だから土方の悔しそうな顔でも見てくるかな」

「随分と楽しそうやな」

あくび混じりの声を出し横を通り過ぎた楓の意味深な言葉が山崎は気になった。
「楽しいなぁ。これから先を予想すると」


「これから先…?」



「待ったなしの時の流れの中で伊東は、土方は、新撰組はどう動くんやろな?」

山崎に向き直ることもせず、楓は屋敷に上がりそのまま奥へと消えていってしまった。




「時の流れ…か」



ーー緊迫した状況が続く今の世で一ヶ月先、いや一日先の自分は、日本は一体どうなっているのだろう?


そんな近い未来の事も予測できない異常な時代に自分は生きているのだと楓の言葉によって思い知らされた山崎は、中庭で一人一抹の恐怖を感じた。




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