闇夜に浮かぶ紅い月
「あぁぁっ! 玉子焼き!」
「木ノ下が食べないみたいだからもらってやるよ」
突然やってきた彼は私に見せびらかすように奪った卵焼きを高々と上げ、しまいには私の嘆きの声と同時に彼の口のなかへと卵焼きが吸い込まれていった。
「私の楽しみが……」
「おいしくいただきましたー」
中学からの腐れ縁である彼、酒井翔太(さかいしょうた)は私が卵焼きが大好物だと知っていながら、大げさにわざとらしくモグモグと頬を動かす。
確信犯だ、確信犯以外の何物でもない。
「返せー!」
「口の中に入ったものでよければ」
「うわっ、汚い!!」
ああ言えばこう言う。
切りがないようなやり取りを繰り返す。
「本当、酒井ってお子様よね」
ため息をつきながら呟かれた智恵理の声は意外と小さかった。
それなのに、酒井はビクリ、と体を強張らせ智絵理へと体を向ける。
「好きな女の子を前にすると、意地悪し……」
「すとーっぷ!!!!!」
智恵理が話している途中で、顔を真っ赤にさせた酒井が間に入ってくる。
そのため、智恵理が最後に何を言ったのかはちゃんと聞き取ることができなかった。