ラプンゼルの指輪




あぁと、どこまでこの人は見透かしているのだろうか。

紗夜は紗夜。
紗羅は紗羅。

そんなの自分が一番わかってるはずだ。

(でもな、母さん)





「あたしは紗夜を忘れるわけにはいかねーんだ」

笑って、笑って。
素顔を隠すぐらい、どうってことない。

今まで、隠せて来たんだ。

彼女は、そう、とただ呟いた。
その顔はやっぱり寂しそうで悲しそうで、紗羅は薫の顔を見るのが辛くて席をたった。

「母さん、そろそろあたし行くな」

「紗羅、玄関まで送るわ」

「いいよ、別に」

「今日は行きたい気分なのよ」

やっぱり寂しそうに笑う母に、それ以上何も言えなかった。

「忘れ物ない?」

「ないよ」

「今日はスニーカーなのね?母さんもそれの方がいいと思うわ」

「何だそれ。今日の母さんちょっと変じゃねーか?」

怪訝になりながら見上げると、憂いを帯びた瞳と目が合った。

「紗羅、きっとあなたなら大丈夫」

「え?」

「…紗夜ができなかったこと、私が成し得なかったことどうか」






「お願いします」

深く深く、薫は頭を下げた。

「母さん?」

意味がわからなかった。

今日の母親はどこかおかしい。
何を伝えたいのか、何を言いたいのか。
最初から最後まで支離滅裂だ。

「紗羅、あの"世界"を"あの人"をお願い」

「一体何のはな…っ!?」

言葉は続かない。

驚きで声も出なかった。

何が起きてるのかも、どうして落ちているのかも、なんで母はあんなに悲しそうに、寂しそうに笑うのだろう。
何もかも、今の紗羅にはわかり得なかった。

ただ暗闇に落ちる前、紗羅は聞いた。






「行ってらっしゃい。紗羅…いいえ」


―…ラプンゼルの姫君。




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