ダメな僕のレクイエム
店内の照明は柔らかく、落ち着いた朱を色調としたデザインは大人の雰囲気を感じさせる。

店の中央寄りのフロアにグランドピアノがあり、白いドレスを着た女性がどこかで耳にした事のある静かな曲を奏でていた。

ふとちかは神谷が放課後音楽室でピアノを弾いていたのを思い出した…





傾いた陽の射す放課後の音楽室で彼はピアノを弾いていた

「センセピアノ弾けるんだ」

「いや、ピアノが弾けるてか…この曲が弾ける」

「へぇ…何て曲?」



夕陽を浴びた神谷の顔は優しく笑っていた…





「おい、ちか?」

森田の声にちかは我に返った。

「どうしたボーッとして」

「あ…ううん…高そうなお店だなあ…と思って」


ちかはその場を取り繕った。
しかし言った事は嘘ではない。森田と食事は何度もしているけど、こういった雰囲気のある店は滅多に来ない。


「ははは!たまには良いでしょ。いつもファミレスじゃね!」


森田は笑って答えた。
彼はオーダーを取りに来た店員にノンアルコールのカクテルを頼んだ。

店員が去ると

「ホントは飲みたいんだけどね」

とちかに笑って見せた。
「ダメだよ」

ちかも笑って答えた。

カクテルグラスが運ばれると森田は

「じゃ、これからの二人に」

と笑ってグラスを持ち上げた。
ちかも慌ててグラスを持ち上げ軽く合わせた。

食事も進み、二人はたわいもない話をしながら笑いあった。


途中森田が少し溢した水が彼の服にかかり、

「もう…子供みたい」

と言いながらちかはハンカチで拭いてやった。

「楽しいか?」

森田が聞いてきた。

楽しくない訳ではない。むしろ誰といるよりも楽しいかもしれない…
きっとそうだ…

ちかはそんな事を思いながら

「楽しいよ」

と答えた。

食事の皿が下げられ、デザートを待つ間に森田は再びカクテルを注文した。

「大丈夫?まあノンアルコールだけど…」

ちかはいつもと少し調子の違う森田を気遣った。

「大丈夫だよ」

と答えた森田が急に真顔になった。
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