銀杏ララバイ
「孝史、さっき夕食は食べたでしょ。」
「お姉ちゃん、何を言っているのだよ。
アレは夕方のおやつ。
これが夕食だよ。
だってこれはギナマの夕食なのでしょ。
ギナマ、どうして食べないの。
早く食べなよ。」
孝史がそう言うと、
ギナマは嬉しそうな顔をして料理を口に運んだ。
そして自分も食べるからかおるも食べろ、
と言う様な顔をしてかおるを見ている。
その内に孝史まで、
ギナマと同じような目つきをして、
かおるに料理を食べるように勧めた。
確かに夕食として食べたパンは
腹を満たすには軽かった。
しかし、一日目の夕食としては…
この計画は昨夜決めた。
今朝早くに施設を出て鎌倉に来るまでは、
全て初めての事ばかりだったから
緊張の連続だった。
気持ち的にかなり興奮していたのかも知れない。
だから昼にやっと鎌倉に着き、
駅前のコンビニで昼食用に弁当を、
夕食用にパンを二個ずつ買った。
その時はそれで十分だと思った。
しかし早めの夕食を食べている間に、
もっと食べたい、と思ったのも事実だった。
あの時、孝史は何も言わなかったが、
孝史こそ物足りなかったかも知れない。
だからこうして、
美味しそうな料理を見て止まらないのだろう。
仕方が無い…
そう思ってかおるも料理を口にした。
確かに美味しい。
「私、あなたの事覚えているけど…
5年前の夏、
あの八幡宮の大きな銀杏の木、
最近、倒れてしまったけど、
あの周りで私たちと会っていた事、覚えていない。」
かおるはしばらく料理を楽しんだ後、
心に浮かんでいた事を口にしてみた。
その頃には、
絶対に人違いではない、と確信があった。