銀杏ララバイ
「違うよ。気のせいじゃあないよ。
僕もあの洞穴から誰かが出てきたのを見たよ。
そして向こうの石の方へ行った。
行ってみようよ。」
いつもならかおるに合わす事の多い孝史だが、
何故か今は積極的だ。
それに比べてかおるは、
よく分からないが、
不安な気持ちさえ芽生えている。
しかし、考えてみれば
午前中の柔らかい日差しが輝いている静かな庭、
こんな所に足を踏み入れた事がないから、
気持ちが萎縮しているだけかも知れない、と考え直した。
孝史も人影らしきものを見たと言うなら、
ギナマの世話をしている人かも知れない。
それならば会って
きちんと挨拶をしておいた方が良いだろう、
と思ったかおるは、
孝史に引っ張られるように進んだ。
「おかしいなあ。
確かにここから出て来たように見えたのに…
ただの洞穴だ。」
二人が覗いた洞穴は…
何の変哲もない銀杏の苗木に囲まれた水辺に、
大きな岩が設けられ、
いかにも、水の流れが作ったような洞穴が出来ていた。
それは人一人が入り込める大きさで、
奥正面に阿弥陀如来か阿修羅像のような画が彫られていた。
しかしかなり古いようで図柄ははっきりしない。
もっとも、はっきりしていても
高校生と小学生の二人には分からない事だったが…
ただそれだけだった。
しかし何故か空気が生々しく感じられ、
口には出さなかったが、
2人にとってはあまり気持ちの良いところではなかった。
「向こうの奥にある石のところへ行ってみようよ。」