銀杏ララバイ
やっぱり気のせいだった、
と思っているかおるとは反対に、
孝史は納得出来ない態度をして、
人影が移動したと思っている石が見えるほうへと動き出している。
仕方なく、かおるも孝史の後を付いている。
「わぁ、近くに来るとこんなに大きな石だったんだ。
何か書いてあるけど昔の字だから読めないよ。」
それは歌が彫られた石碑だった。
その周りには
孝史の背丈ほどの石が二個建っていたが、
その石碑はかおるの二倍以上の高さ、
横幅はもっとあった。
「これって、源実朝って書いてある。
前にお母さんが言っていた。
鶴岡八幡宮は源頼朝の関係者に縁のある所。
実朝って頼朝の子供で三代将軍。
将軍なのに京都の貴族風が好きで
歌を習っていたって。
きっとここの家の人が実朝が好きで、
彼の歌をこの石に刻んだのでしょうね。
かなり古いものみたい。」
「お姉ちゃん、読めるのか。」
「ううん、でも万葉集かるたのような歌だとは分かるよ。
歴史も中学三年生で学んだけど…
お母さん、歴史が好きだったから、
たまに話してくれたんだよ。」
そうなのだ、日本教育では歴史は中学三年で習う事になっている。
源頼朝や義経の話はテレビドラマや小説などで好きな人は詳しいが、
生憎な事に、
かおるは鶴岡八幡宮で思い出すのは、
頼朝ではなくてあの大銀杏の木だった。
母が好きだった銀杏の木、
母が入院中に悪天候で折れてしまった大銀杏の木のほうだった。
だから勿論、石碑に書かれた書体も難しいが、
歌にも興味は無かった。