銀杏ララバイ
「そう。これは八百年ほど前、
源実朝が読んだ歌だよ。」
いつの間に来たのか、
その声に振り返ると、
ギナマが爽やかな顔をして立っている。
昨夜はかなり顔色が悪かったが、
一晩ゆっくり眠ってその疲労も取れたようだ。
疲労… 何故そんな風に感じたのか、
かおる自身にもわからない事だった。
「これはね、実朝の歌を集めた
金塊和歌集と言うのに収められている中の一つで、
箱根路をわが超えてくれば伊豆の海や、
沖の小島に波のよる見ゆ、って書いてある。
おばあさまがこの歌を気に入っている。」
そう言いながら、ギナマはさりげなく
二人をダイニングへといざなった。
「ねえ、ギナマ、さっきの歌は分かったけど、
他の二つの石は何の意味なの。
僕は誰かのお墓のように思ったけど、
何も書いてなかった。
お墓なら死んだ人の名前が書いてあるのでしょ。」
孝史は少年らしい素朴な疑問を口にしている。
しかし…
「私には分からない。
それよりも昼食を食べたら何をして遊ぶ。」
何をして遊ぶ…
まるで5年前の続きを期待しているような言葉ではないか。
それに、と思って
慌てて腕時計を見たかおるは驚いた。
いつの間に、と思うほど時間が早く進んでいた。
8時に朝食を作って食べ、
一時間ほどテレビを見て、
それから庭に出た。
大して時間は経っていないと思っていたが、
もう1時近くになっている。
だから、ギナマは起きて来たと言うわけか。