銀杏ララバイ
「僕だってお姉ちゃんと一緒なら大丈夫だ。
さっき買ったパンが残っているから、
後で向こうの自動販売機で
暖かい飲み物を買って来ようね。」
姉の言葉で孝史の気持ちも落ち着いて来た。
家を出ると決めた時にもかおるは言っていた。
これからは孝史と二人だけだけど、
孝史がいればやっていけそうな気がする、と言っていた。
孝史も同じ気持ちだ。
「お姉ちゃん、覚えてる。
あの時、人形のように綺麗な子がいたね。」
二人は社務所近くにあった自動販売機で
温かい飲み物を買い、
少しでも夜の外気から身を隠せる場所、
本殿の片隅を選んで体を寄せ合って座り、
夕食分として買っておいたパンを食べている。
そして孝史が
5年前の出来事を思い出すように話し出した。
黙っていれば、この心細い状況、
亡くなった母のことしか頭に浮かばず、
その寂しさから涙が出てしまう。
だから他の事を考えていれば… と、
5年前の幸せな思い出の片隅に、
ちょっぴり残っている
温かいものを口にしたのだ。
「覚えているよ。
あの子、今頃どうしているのかしら。
そうね、とても綺麗な子だったね。
私ぐらいの歳だと思ったけど…
私たちがあの銀杏の木の前でふざけて遊んでいたら、
いつの間にかあの子がいたね。
孝史と遊びたそうにじっと顔を見ていた。
お母さんが一緒に遊びなさい、と言って…
私たちが声をかけたら嬉しそうに…
孝史の後ばかり付いて走り回っていたね。」
それはかおるにも同じ、
温かい思い出として残っていた。