銀杏ララバイ
「お姉ちゃん、
どうしてそんな事を知っているのだ。」
そして今、孝史は父に関する
かおるの言葉に戸惑った。
孝史の気持ちの中で、
父親は自分たちを捨てて
姿を消してしまった父親でしかなかった。
今は母が死んでしまい、
残された自分たちは養護施設に入らなくてはいけない。
だから出来る事はしてみようと、
かおると,こうして行きたい所へ行こうと行動している。
しかし,かおるの言葉に合わせているが、
孝史は実際、父を捜すつもりは薄かった。
ところが、あの時いきなり
ギナマの口から
父の消息のような言葉が出て、
父が見つかれば施設へ入らなくても良い、
と言う一抹の希望からこうして江の島に来たのだ。
そうなのだ。
5年前のあの時、
孝史は小学1年生だった。
孝史の中の父は、
勝手にいきなり母と離婚して
自分たちを捨てて行った男でしかなかった。
そしてそれ以来、
父を話題にする事も無かった。
姉も父の事はそう思っていると信じていた。
そう、それ以来、
姉とも何かの拍子に父の悪口は言っても、
懐かしむ言葉は出さなかった。
恨む事はあっても、
懐かしんだり案じる事は無かった。
それなのに今、
姉は隠れて暮らしている、とか言っていた。
何を言っているのか分からない孝史だ。
今の孝史にとっての父親は、
運よく見つかれば
自分たちは施設に入らなくても良い、
それだけの便宜上の父親だった。
しかし姉は、
自分の知らない話を知っているらしい。
どうして自分だけが知らなかったのか、
と腹立たしい気もする。
とにかく姉が知っている事を知りたかった。