銀杏ララバイ
弁財天の背後に、
あの屋敷でギナマが見せてくれた刀、
綺麗な宝飾で飾られていた正宗と言う太刀があると言った。
そしてそれを抜けば、
実鳶が助けてくれると言っていた。
そんな事は信じられない話だ。
第一、毎日観光客が大勢訪れる弁財天、
その背後にあんなに綺麗な刀があれば、
気づかれて今頃は大騒ぎになっているはずではないか。
やはりアレは夢だったのだ。
かおるは実鳶の言葉を思い浮かべては打ち払い…
自分の思考能力は一体どうなってしまったのだ、と
自分自身の精神状態に不安を感じるまでになって来た。
そして最期には、ここで考えていても仕方が無い、
自分の目で確認してから決めようと思った。
孝史を見れば、
教えられた納戸を物色し、
亡くなった女将さんの息子が子供の頃使っていたと言う、
遊具の中から見つけたサッカーボールで、
鳶人にボール蹴りを教えている。
と、言うより一緒に遊んでいた。
まだ走った事もないと言う鳶人が、
孝史が放ったボールを掴もうとして転べば、
孝史が慌てて駆け寄って一緒に笑っている。
孝史がわざとボールを蹴り損じて転べば、
鳶人が慌てて駆け寄り、
孝史に捕まってきゃあきゃあと大騒ぎをしている。
まさに少年らしい屈託の無い孝史の笑い声と、
幼児性の雰囲気そのままの鳶人の可愛い笑い声が混ざり合い…
聞く者の心を楽しいものに変えてくれる。
かおるも、
今から自分が向かう所への緊張感で余裕など無かったはずだが、
二人の笑い声を聞いていると、
思わず笑みが浮かんで来た。
そう言えばこの宿の名前は【イチョウ屋】。
細い歩道と宿を隔てる木製の小さな門のところに、
年代を感じさせる銀杏の木が植わっていた。
玄関横にこそ松が一本植わっているが…
見渡せば銀杏の木が多い。
昨日は夢中で通ったから気づかなかったが…
何故か銀杏に導かれている気もしているかおるだ。