偽装婚約~秘密の関係~
『社長、先ほど晴弥様がおっしゃったことは本当です。』
『瑞季、お前には聞いてない。
どうなんだ?晴弥。
本当のことを言いなさい』
父さんは眼鏡を外し、俺を真っ直ぐに見据える。
『沙羅は…逃げました』
逃げた?
この表現、正しいのだろうか。
もともと、沙羅の居場所はここじゃなかった。
そこからいなくなることが、
『逃げる』そう表現できるのだろうか。
『そうか。…すまない』
『…え?』
なんで父さんが謝ってんだ?
『多分、私が昨日、余計なこと言ったせいなんだ。』
余計なこと…?
『晴弥と結婚してほしい、そう言ったんだ』
思ってもみなかった言葉に唖然とした。
『ちゃんと分かってる。
晴弥と沙羅さんが正式な婚約者じゃないことは。
でも、彼女と話して感じたんだ。
この人なら晴弥を支えられる、って。
だから頼まずにはいられなかった。
すまない、晴弥』
俺はこの人のこういうところをすごく尊敬している。
親はなかなか自分の失敗を認めたがらない。
そして子に謝ることをあまりしない。
でも、この人は違う。
息子にこうして頭を下げられる。
多分、こういう人だから会社をあそこまで大きくすることができたんだと思う。