こんな僕たち私たち
「きのー…?」

 あぁ料理教室、と私は納得した。

 そうだ。じゃなきゃ、いつもは部活仲間と帰っている七緒が理由もなく私を誘うはずがない。だって彼氏彼女でもないのに。

「あーはいはいOK。そういう事ねー」

「なんか投げ遣りだな…。でさ、なんか教わる身なのに毎度毎度お邪魔するのも悪いし、今日は俺の家開催って事で」

「そんな気にしなくてもいいのに」

 こういうところは妙に律儀な七緒に感心しつつ、私は『また明美さんに新婚ごっことかからかわれるのかなー』と考えていた(正直、そんなに嫌じゃなかったりする)。

「あ、でも俺今日は部活6時までなんだけど、心都は?」

「私は今日5時までなんだよね実は。いーよ、1時間待ってるし」

「え、マジで?」

 七緒の表情がぱっと輝いた。

 …駄目だ。料理教室のためだって事も、さらにその料理教室は部活のためだって事も、わかっているのに。

 七緒が私に向けるこの笑顔を見ると、どうしてもウキウキしてしまう。

「柔道部って体育館だよね。久しぶりに七緒の柔道姿でも見学しようかなー」

 懲りずにまたニヤけそうになる自分の顔を俯き加減に隠しながら、私は言った。いかにもな「浮かれてます」感が声に滲み出ない事を祈りながら。

 ふぅん、と七緒は呟き、

「じゃー頑張んなきゃな」

 いつもと変わらない口調で言う。

 そりゃあ、当の御本人は何も考えずにおっしゃった言葉なんだろうけど。

 知り合い見に来るならいっちょ張り切るか、くらいの意味なんだろうけど。

 それが、ものすごく悔しいけど。





 どうしてこの人は、私を一瞬で幸せにするコツを無意識に知っているんだろう。
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