こんな僕たち私たち
 もちろん私がちゃっかり見学に入ってきた事なんかに気付く様子は少しもない。だけど今は、それに対して寂しいだとか虚しいだとかいう感情を抱く事は全くなかった。


 むしろ、このまま。
 この暑苦しい体育館の中、眩しいくらい好きな事に打ち込む七緒を、ずっと眺めていたい。


 と、空気が微かに揺れた。

 ほんの一瞬の出来事。

 七緒の手が動き、相手の胴着をしっかり掴み、

「……!」

 投げる―――そう思った時にはもう、相手の体が無駄なく動き七緒をかわしていた。

 あまりの素早さに、私はもう頭がついていかず。

 何が起きたのかわからないままただ息を止めて、戦う幼馴染みを見つめた。

 その強い眼差しが。

 相手を捕えようとする腕が。

 私の心に焼き付いていく。

 バタン、と聞くだけで痛そうな音をたて七緒が投げられた頃、私の思考はようやく追いついた。

「もう1本、お願いします!!」

 七緒の迷いのない声が、体育館に響いた。
























「お疲れ様です」

 見慣れたジャージ姿で体育館から出てきた七緒が、少し驚いた顔で私を見る。

「わ。びっくりしたー…心都、来てたんだ」

「かれこれ1時間くらい前からね。さり気なく見学してた」

「へぇ。全然気が付かなかった」

 呟く七緒の横顔は、もういつもの美少女フェイスに戻っていた。たださっきまでの柔道少年の名残として、左目の下に小さな掠り傷があるだけだ。

「悪りぃなそんなに待たして。じゃ、行きますか」

 そう言って七緒は、すっかり日が落ちた冬の校庭を歩きだした。

「結構、ううん、かなり楽しかったよ。私は」

 だって、久々に七緒の柔道姿を見られたんだしね。

「そうかぁ?つか1時間前って事は、俺が見事に投げられたとこも見たんだ」

「うん」

 はは、と少し困ったような顔で笑う七緒。

「俺、昨日強くなるって言ったばっかなんだけどな。かっこ悪り…」

「――かっこよかったよ?」
 校門をくぐるのとほぼ同時に、私は言った。
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