こんな僕たち私たち
「しっかりしてよ。七緒の指が切り落とされるとこなんて見たくないからね、私」

「…うん」

「…そんな気ィ抜けた状態で料理特訓して平気?」

「…うん」

 さっきからやけに素直だ。つい数時間前まではいたって元気だった七緒がこんなふうになってしまった原因は、単純明快明々白々。

「進藤禄朗の事、気になってるんでしょー?」

 その言葉に、七緒は包丁と真っ赤な林檎をまな板の上へ置いた。

「俺――まさか泣かれるなんて思わなかったから、びっくりした。何かどーしたらいいのかわかんなくて」

「……わかんないって事は、付き合っちゃう可能性もあるわけ?」

「だから、それはないって」

 七緒は困った顔で、

「でも禄朗は真剣に気持ち伝えてくれたわけだし、こっちも真剣に答えなきゃと思ったんだけど――やっぱ、どーすりゃいいのか……」

 と、頭を抱えた。

 禄朗の涙は、普段あまり悩むという事がない七緒に相当なショックを与えたようだった。

「…いーんじゃない、禄朗。不良ぶってるけど誠実そうだし、幸せにしてくれると思うよ。付き合っちゃえば」

 思わず口をついて出たのは、本心とは裏腹の言葉。

 何だか七緒も禄朗も、あまりに真剣なもんだから。あぁ本当に、心の底から悲しいくらい素直になれない、杉崎心都。

「…お前、なんか怒ってない?」

「全っ然。超ルンルン気分よ。怒ってるっていえばさっきの七緒でしょ。女に間違えられるのなんて慣れてると思ってたのに、『よっく見やがれ』なんつって、珍しくキレたね」

「あー…」

 七緒が歯切れの悪い返事と共に私を見る。じっと、睨むような表情で。

 何ガン飛ばしてんだよー喧嘩売ってんのか。と、私は冗談交じりに返すつもりだった。

 なのに。

 3秒後の七緒の言葉は、私を呼吸困難に陥らせた。


「心都がいたから」


< 75 / 116 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop