渇望-gentle heart-
珍しく窓を開け放つと、冷たい風が吹き抜けて、また冬の訪れを知った、朝。


あの頃、こんな世界をどれほど憎んでいただろう。


失いながら駆け抜けた日々を懐古し、俺は苦笑いを混じらせてコーヒーを含む。


チェストの上には、揃いのリング。


祥子と暮らしていても、俺が唯一捨てられなかったあの街での思い出は、今日もそこでふたつが折り重なるように置かれていた。



「瑠衣はいっつもそれ眺めてるよな。」


弾かれたように振り向いてみれば、大和くん。


大和くんは地元にいた頃の先輩で、あの街を出た時からずっと世話になっている、恩人。


俺は曖昧な笑みだけを返した。



「まぁ、昔はどうしようもなかったお前でも、やっと大切なことがわかった分、成長したってことだろうけど。」


「なかなか失礼なこと言いますね。」


「けど、あの頃の瑠衣からは今の姿、想像できないよ。」


笑いが起きた。


こうやって他愛もない話に興じて時間を過ごしていると、何故アキトとこんな風に出来なかったのかと、今更になって思う。


人生は、後悔しなきゃ学べないのだろうか。



「俺ね、どうしてあの頃、くだらないことばっかに固執して、大事なものを見ようとしなかったんだろう、って。」


呟くと、途端に物悲しくなってしまう。



「そういや祥子ちゃんがいなくなって、もう随分になるな。」


「アイツはフランスに骨をうずめるつもりだって、この前手紙送ってきましたよ。
元気でな、って返してやろうにも、住所が書かれてないんだから。」


あの子らしいな、と大和くんは笑った。



「何もかもから逃げた俺達じゃ、初めから上手くいきっこないって、心のどこかでわかってたはずなのにね。」

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