渇望-gentle heart-
「俺さ、あの家出て、これから部屋、借りなきゃいけないっぽくて。」


「うん。」


「だからもし百合が嫌じゃなかったら、これからも一緒にいてほしいなぁ、なんて。」


最後の方は、ごにょごにょと誤魔化してしまった自分は、相変わらず情けない。


百合はそんな俺を笑ってから、



「トイレとお風呂が別ならどこでも良いよ。」


と言った。


何も押し付けたくはない、と思ってるうちに、もしかしたら俺は、すごく臆病になっていたのかもしれない。


百合の返答を聞き、何だか俺は、肩の力が抜けてしまった。



「じゃあ、これからはふたりで頑張ろうな。」


「そうだね。」


「俺さ、店がどうなるかなんて全然わかんないけど、百合との幸せだけは壊さない自信、あるよ。」


「うん、信じてる。」


約束にも似たそれは、結果として守ることは出来なかったけれど。


それはもう少し後の話だけど、でもこの時の俺は、ばあちゃんに誓って、これからもっと百合のこと大切にしようって思ってたんだ。


ちゃんと伝わっていたかな。


優しい顔をしてくれる百合に心あたたかくさせられて、まるでそれは、ばあちゃんの忘れ形見のよう。


本当の孫の俺が言うのも変かもしれないけれど、でも確かにそう思ったんだ。


悔むことは、探せばいっぱいあっただろう。


けれど、そんなものばかりに目を向けずにいられたのは、きっと百合のおかげだったに違いない。

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