渇望-gentle heart-
「キミたちふたりを見ていると、俺も嫁さんとの新婚時代思い出すよ。」


やめてくださいよ、と返したのだけれど、彼は料理のことなんてそっちのけで、腕を組んで感慨にふけっていた。



「いやいや、若いのに感心だ。
その年で店を持つことだけでも立派だが、オーナーさんには支えてくれる彼女がいることだしな。」


オーナーさん、とは俺の呼び名だ。


ガラじゃないから嫌だと言ったのだけれど、そういう立場は明確にさせておいた方が良いと言ったのは、百合。


百合は家が病院を経営しているからか、それとも元々勉強が出来たからなのか、とにかく人を使うことにおいての話では、とても的確なことを言う。


まぁ、本人曰く、あたしは秘書タイプなの、らしいけど。



「とにかく、オープンまで日がないんだし、俺もそんな姿見せられちゃ、俄然頑張らなきゃって思うよ。」


「ありがとうございます。」


「まぁ、俺の厨房ではイチャつかせねぇけどな。」


そんな言葉に、俺と百合は顔を見合せて笑った。


野田さんという人に出会えたこともまた、俺にとっては奇跡だと思ってる。


人には縁があるというけれど、恰幅の良い彼は、ホール長共々、今も俺を支えてくれてるんだ。


百合は女の子ということもあってか、店の内装や、俺らでは気付けない女性客の目線に立った考えなど、その提案は目を見張るものがあった。


つか、多分こういうの好きなんだろうけど。


百合が楽しそうにしてるの見てさ、俺も何だか嬉しくなったよ。


だからこの店はきっと俺だけの店じゃなくて、みんなのものになっているし、それはとても喜ばしいこと。


看板は“グランマ”と掲げた。

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